概要

マーベチック王国は現在唯一の王国であり、ルーレット大陸南西部を領土として保有している。

かつてはレベット地方東部にマーベ族として暮らしていたが、レジエント帝国の領土拡大によって追いやられ海を越えてたどり着いたのがナーザダリであると言われている。

1250年代に世界で初めて本格的な蒸気機関を発明して以来急速に発展し、第三次ルーレット戦役でルーレット帝国を破り、良質なゲリウムの取れるゾルド鉱山を獲得

14世紀にはエラブル東部を領土として持っており、エラブル革命が起こるまではエスタレスト王国を保護国として影響下にしていた他、レトン、スターヴス、ホロエゾ、レッドランドなどに強い影響力を持ち、衛星国としていた。

しかしながらルーレットの外交工作によって徐々に国際的地位を失い、その結果1448年から始まった第四次ルーレット戦役で敗北し、1456年一度は滅亡を迎える。

その後1481年に始まった独立戦争により再独立を果たし、約15年後の1496年に隣国ルーレットとの国交を回復し、現在に至る。

歴史

建国以前

マーベチック王国の起源はレベット大陸東部のザメラ周辺に住んでいたマーベ族であると言われている。

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名称 マーベチック王国
首都 ナーザダリ
主な都市 ナーザダリ・ドノリ・オガル・グラド
人口(1530年) 2029万人
成立年 795年(建国年)
1481年(再独立)

マーベ族は魔法信仰であるカヴール教から派生したアストレア教を信仰しており、当時レベット大陸の大部分を支配していたレジエント帝国は魔族を根絶やしにすることを唱えるロスター教であったため、終魔戦争以降幾重も小競り合いを続けていきたが、大国レジエント相手に次々と領地を奪われ新世界歴770年頃にはその勢力範囲はごく僅かなものとなってしまっていた。 伝説によると当時のマーベ族は交戦派と新天地派に別れており、交戦派はレジエント帝国に最後まで挑み、敗れた後、集落は跡形もなく焼き払われ、生き残りも皆殺しにされた一方で、新天地は巨大な方舟を作り、東に向けて出発したと言われている。 方舟は数ヶ月の航海の間に8割の人々が死んだとされるが、770年頃に現在のナーザダリに漂着されたと言われている。 漂着時の船長タウナー・エヌ・ザクセンが、現在のザクセン王朝の初代国王であり、彼によって795年にマーベチック王国が建国されたと伝えられている。

絶対王政時代

建国から25年後の820年に、当時リフェールの戦いによってレジエント帝国の脅威が薄れたルーレット帝国によって南進が行われる。

当時のルーレット帝国はマーベチック王国をナーザダリ周辺に漂着した蛮族と認識しており、討伐目的での遠征であった。

しかしながらナーザダリ周辺の統治基盤を確立していたマーベチックは約半世紀にも渡る戦いの末に、879年にルーレットの遠征隊を退却へと追い込むことに成功する。

これをマーベチック独立戦争または、第一次ルーレット戦役と呼称することとなる。

第一次ルーレット戦役により王都ナーザダリとその周辺地域だけであった領土は徐々にオガル地方にも拡大し、その後の小競り合いによって1060年頃にはドノリまでを勢力下に収める。

1157年にルーレット帝国においてファスナー朝が断絶し、後継者争いからフォルナ内乱が始まると、契機と見たマーベチックによりユヒガ侵攻が行われるが、内乱の一時停戦と諸侯の団結による抵抗により1178年にマーベチック軍は撤退。第二次ルーレット戦役に敗北することとなった。 しかしながら、この頃より領土拡大の活路を北のルーレットではなく西の小国が乱立するエラブル地方へと目を向け始め、1168年のダルノー制圧を契機にエラブル地方への進出を活発化させていく。

建国以来国王を中心とし、元老院の補佐によって成り立っていた政治体制であるが、938年のマスタル追放により元老院勢力が一掃され、国王に権力が集中する絶対王政時代が長らく続いていた。

第二次ルーレット戦役敗戦後、膨大な戦費の負担を余儀なくされた貴族による不満を抑えるため、貴族院の設立と貴族への権利の一部贈与が行われた。これをきっかけにして王権の縮小が行われ、1239年の庶務院設立を持って政治の中心はほぼ国王から議会へと以降した。

産業革命期

1251年にギ・テクナーにより蒸気機関が発明されたことを契機に、急速な産業革命が始まった。1275年には世界初の鉄道がナーザダリ~オガル間開通し、機関銃などの優秀な近代兵器も大量生産されるようになっていった。

軍事力の急激な成長に伴い、対外思考も強まり1289年にレーメッツ王国侵攻で近代兵器の威力を再確認した後、1292年にはルーレット帝国に対して宣戦を布告。

当時ドノリまで伸びていた鉄道網を利用することに迅速な補給線を持つことが出来、1295年にユヒガを占領、ニラサ砂漠にて膠着状態に陥るものの、1302年にはゾルド、翌1303年にはバカラを占領し、1305年に帝都ダラスを陥落させ、第三次ルーレット戦役はマーベチック王国の完勝となった。

同年のナーザダリ条約によりホロエゾ・レッドランド・スターヴスを独立させ、ホロエゾ以外の二カ国を属国化させた他、ルーレットがエラブル東部に保有していたポリエンヌの割譲、帝国を構成する西部3カ国の国王指名権を獲得することにより、間接的に帝国の政治にも介入出来るようにし、更に産業革命において欠かせないゲリウムが無尽蔵に採掘されると言われたゾルド鉱山の50年間租借権を獲得する。

これによって地域大国から超大国へ一気に上り詰めたマーベチックは、次なるターゲットをエラブル方面に向け、1344年の第二次レーメッツ侵攻によってレーメッツ王国を滅亡させ、マーベチック領レーメッツ植民地を設置、1377年には動揺にニフェルツト王国に侵攻し、同様にして植民地化を行った。

このようにエラブル地方を食い荒らしていったマーベチック王国であったが、1331年に半植民地と化したルーレット帝国で革命が起き、ルーレット共和国が成立すると状況は一変する。

第四次ルーレット戦役