『Patient』は、精神疾患や心理的困難をテーマとしたノベル+探索型アドベンチャーゲームです。この作品では、キャラクターたちが抱える葛藤を掘り下げるノベルパートと、限られた空間を探索し状況を読み解いていく推理パートを組み合わせています。ただ物語を体験するだけでなく、「理解が難しい心の痛み」や「共感することの難しさ」を想像させ、自分や他者の心に能動的に向き合うきっかけを提供することが本作の目的です。現代社会には精神的な困難を抱えた多くの人がいますが、その内面的な葛藤や体験は外から見えにくいものです。本作は、プレイヤーが主人公となり物語を進める中で、自然と“心の動き”に触れることができる仕組みを意識して設計しています。
精神疾患という題材は、非常に繊細なものであり、物語として扱う難しさを強く感じてきました。その扱い方が誤解や偏見につながったり、実際に苦しむ方へ傷を与えてしまう危険性があるからです。それでも本テーマに踏み込んだ理由は、私自身が「社交不安障害(SAD)」と向き合ってきた実体験に基づいています。
社交不安障害とは、人前に立ったり注目を集めたりする場面に強い不安や恐怖を感じてしまう障害です。私は特に多人数の前で発言することが極端に苦手なのですが、受診して診断が下りたときは「私なんかよりもっと辛い人がたくさんいる」「これは病気ではなく、自分の努力不足だ」と思い込み、自分が“患者”であることを受け入れられませんでした。
しかし、実際はどれだけ頑張ろうと思っても人前が怖くてたまらなくなる日があって、大学3年生の時のプロジェクトでは、自分の担当する箇所を話すことができず、同じチームのゼミ生に迷惑をかけてしまったこともありました。自分の限界を痛感すると同時に、精神的な困難が個人の意志力だけでは乗り越えられない現実的な問題であることを実感したことは、私にとって大きな転機になりました。
この経験をきっかけに、精神疾患について深く調べるようになり、同じ診断名でも人それぞれ困難の現れ方が違うこと、症状には軽度から重度まで幅があること、また、多くの方が自分の弱さや孤独と静かに戦っていることを知りました。数多くの記事や論文に触れ、特に印象的だったのは、
「どん底の中で暗い道しかないと思っていても、その人それぞれの“何かのきっかけ”で光が差すことがある」 「今より状況は良くなるのだということを信じ続けることが大切」
という言葉です。実際に私も、先生や同じ班のゼミ生が私を無理に変えようとせず、ただ存在を否定することなく、相談に乗ってくれたおかげで、少しずつ前を向けるようになり、治療や行動にも主体的に向き合えるようになりました。それぞれの状況やタイミングで訪れる「きっかけ」が、困難な状況を乗り越える力につながることを、この経験を通じて強く感じます。
現代社会では、精神的な困難を抱えている人が孤立しがちで、自分だけが特別に弱い存在だと感じてしまうことが少なくありません。しかし、実際には多くの人がそれぞれの形で心の葛藤を抱えながら生活しており、それは決して恥じることでも、隠すべきことでもないと考えています。このゲームは、かつての私と同じ苦しみを抱える人たちに寄り添いたいという思いから生まれました。『Patient』を通して、同じような悩みを抱えている仲間がいることをより多くの人に知ってもらい、希望を持って前に進む勇気の大切さを伝えたいと考えています。
そのために、あえてゲームという媒体を選びました。メッセージを一方的に押し付けたり、説教のように伝えたりするのではなく、プレイヤー自身が物語の中で登場人物とともに歩みながら、体験として感じ取ってもらいたいと考えたからです。ただ読むだけではなく、実際に「体験」し、「気づき」や「共感」を得ることができるのがゲームならではの強みだと思っています。
一方で、周囲の支援については「病気を正しく理解する」こと以上に、「否定せず、そばにいる」ことの大切さを伝えたいと感じています。様々な患者さんの記事を読んで、自分の存在を許された居場所があるだけで救われている人が数多くいることを知ったからです。完璧な理解や解決策を求めるよりも、ただ寄り添うことの力強さを、ゲームを通じて体験してもらいたいです。
さらに、困難な状況にある人たちが自分のペースで前向きな変化を見つけられるよう、ささやかな希望のメッセージも込めました。回復や成長の道のりは決して一直線ではなく、ときには後退することもあります。それでも、あきらめずに一歩ずつ進んでいくことの大切さを、キャラクターたちの物語を通じて伝えていきたいと思います。
キャラクターたちは現実の精神疾患をモチーフにしながらも、あえてゲーム本編では病名を明言していません。病名を知ることで、その病気に対する固定概念にとらわれてキャラを見てしまうと考えたからです。あくまで症状のみを描写し、先入観を与えずにプレイヤー自身が「このキャラは何に苦しんでいるのか」と想像しながらプレイすることで、より能動的に“心の違和感”に向き合ってほしいです。精神的な困難は、医学的な分類以上に、その人固有の体験や背景によって大きく左右されるものです。ゲームを通じて、そうした個別性や多様性を理解してもらえることを期待しています。
また、登場キャラクターの多くは精神的に困難を抱えているものの、必ずしも“暗くて悲しい存在”ではありません。日常の中で笑いや助け合いがあり、症状の変化も単なる「病状悪化」ではなく、「苦しみながらも日常を送る姿」や「その人らしさ」が描かれるよう意識して設計しています。