Microsoft Research Internship アルムナイ Advent Calendar 2020の7日目の記事です。

筑波大学の馬場雪乃です。私は、博士課程在学中に、Microsoft Research Asia (MSRA) とMicrosoft Research (MSR)の両方でインターンをさせて頂きました。

MSRA (2010/9〜2011/2)

私が大学院で所属していた研究室は放任主義で、研究分野も研究室の他の人とは異なるため、ほぼ一人で研究を進めていました。MMORPGもソロプレイするような私なので、この進め方は合っていたのですが、多少の孤独感を感じてもいました。幸い、修士論文の成果が国際会議に採択され、自信がついたので、自分の専門に近い人と研究をしたいと考えるようになりました。そんな折、研究室の先輩に、MSRA University Relationsの公野さんを紹介頂き、MSRAでのインターンシップに参加することになりました。私は当時、ソーシャルタギングからの知識獲得の研究を行っていたのですが、その分野で多数の業績をあげていた Xian-Sheng Hua (Media Computing Group)がメンターとなりました。

Media Computing Groupは、研究者が3名、インターン生が10名程度という中規模の研究グループで、週に1回、グループのインターン全員の進捗報告があり、それとは別に、メンターと毎週1対1の打ち合わせというスタイルで研究を進めていきました。グループの研究者全員が、画像・ソーシャルメディア関連の第一線で研究をしており、全体ミーティングでは、関連研究・データ・手法・ツールなどに関して、非常に濃い情報共有や議論が行われることにカルチャーショックを受けたのを覚えています。専門家同士が集まるとこんなに効率的に研究は進むんだと思いました。

ある種の研究室に所属している人にとって、このようなスタイルは当たり前なのだと思いますが、多分野を扱う私の研究室では大局的な議論になりがちで、細かいことは自分で解決するしかありませんでした。逆に、そのような研究室にいたことで、情報系のジェネラルな視点や知識と、自力で何とかする根性が身についたのは間違いないのですが、MSRAに行かなかったら、チームプレイの重要性を知るのはもっと後になっていたと思います。Xian-Shengの指導も手厚く、研究テーマは自分で持ち込んだのですが、初回のミーティングではそれを論文化するための具体的なプランを一緒に練り、行き詰まったときにはXian-Sheng自身の研究ノートを見せてもらい、アイデアの出し方や分析の仕方をアドバイスしてもらえました。

私が参加した時点では、グループに日本人は私一人でしたが、当時はMSRAに日本人研究者とインターン生が合わせて10名前後在籍しており、グループを跨いだ交流ができました。MSRA日本人ネットワークは強固で、同時期にインターンに参加した人でなくても何となく親近感があり、学会でのコミュニティの幅を広げることができて大変有り難かったです。研究以外でも、北京生活を色々と満喫することができました。頭蓋骨矯正に毎週行くという優雅なことをしていて、日本に帰ってからも同様のお店を探していますが未だに良いところが見つかっていません。MSRA滞在時、2回ほど出国しましたが、頭蓋骨矯正のせいかパスポート写真と顔が違って見えたらしく、毎回北京の空港で別室に呼ばれたのは良い思い出です。宿舎に湯船がなかったので入浴施設にも通っていたのですが、体を拭く人がお風呂場の側でタオルを持って待機していたり、休憩所では足裏マッサージの人が順番に回ってきたり、軽食やフルーツがお皿にたくさん盛られていて食べ放題だったりと、日本の施設とは違う豪華さに面食らいました。

MSR (2011/6〜2011/8)

当時は、MSRAインターン生の一部をMSRのインターンに推薦する制度があり、私はその制度を利用してMSRでののインターンシップに参加することができました。MSRでのメンターはHisami Suzukiさん (Natural Language Group)で、当時の私はクラウドソーシングに興味を持ち始めていたので、Amazon Mechanical Turkを使ったデータ収集の研究に取り組みました。

Natural Language Groupは、研究者数名と、各自のインターン1、2名ずつから構成される大規模なグループでした。全体でのミーティングは、週に1回程度で、内容は論文紹介とインターンの成果発表がメインだったように記憶しています。それ以外に、週に1回か2回、グループランチがありました。また、MSR全体で、アイスクリームフライデーというソーシャルイベントが毎週あり、他グループのインターンとの交流の場がありました。