独創的な若きイノベーターを選出する世界的アワード「Innovators Under 35(イノベーターズ・アンダー35)」。その日本版が「Innovators Under 35 Japan」が今年も開催され、8月31日まで公式サイトで候補者の推薦および応募を受付中だ。

このアワードで、「通信」領域の審査員を務める1人が登 大遊氏(36歳)である。登氏は、筑波大学入学時に、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の「未踏ソフトウェア創造事業 未踏ユース部門」に採択され開発したVPNソフトウェア「SoftEther(ソフトイーサ)」で、天才プログラマー/スーパークリエータ認定を受けた。現在は、自ら起業したソフトイーサを経営するほか、IPAサイバー技術研究室室長、筑波大学産学連携准教授、NTT東日本 特殊局員としての顔も持つ。イノベーションを生むために日本には何が必要なのか? 登氏に話を聞いた。

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登 大遊(Daiyu Nobori) IPAサイバー技術研究室室長

日本企業に欠けているのは「いんちきな試作」

──コロナ禍で登さんが開発された「シン・テレワークシステム」が話題になりました。

シン・テレワークシステムは、2020年4月に出された新型コロナによる緊急事態宣言下でも通勤せず家で仕事が続けられるように、会社のパソコンへ家からアクセスできるようにと開発したシステムです。NTT東日本とIPAが共同で提供しています。ユーザーは、会社のPCと自宅のPCに専用のソフトをインストールするだけで、登録不要・無料で利用できます。2021年8月現在でおよそ17万ユーザーが使っています。8月初めには、自宅PCに専用ソフトをインストールせずに使える「シン・テレワークシステム HTML5 版 Web クライアント」も公開しました。

昨年4月の最初のバージョンの公開までにかかった開発期間はおよそ2週間。IPAとNTT東日本の人間が集まり、秋葉原でラズベリー・パイ(Raspberry Pi)を買ってきてつくり上げました。当初は50台のラズベリー・パイで構築したので、ケーブルその他含めてもかかったコストは約65万円。ランニングコストは1人当たり月額5〜15円と見積もっています。

また昨年11月には、これを転用して、地方自治体が使っているLGWANというネットワーク内のPCに自宅のPCからアクセスできる「自治体テレワーク for LGWAN」をリリースしました。こちらは32台のラズベリー・パイを使用しており、3万人ほどの自治体職員のテレワークを支えています。

どちらもかなり快適に自宅のPCからオフィスや庁舎にあるPCにアクセスできるので、多くの方に喜んで使ってもらっています。

ただ、このようなソフトウェアは、1人でいくつも開発できるものではありません。1人の人のプログラマーが1年でつくれるのは、いまお話しした2つくらいのものなのです。

でも、こういうものをつくる人が1万人くらい日本に出てきたらおもしろいことになる、もっと増えてほしいと思って、最近はシン・テレワークシステムをどうやってつくったか、いろいろな場でお話ししています。

いま日本は「デジタル敗戦」などと言われたりしていますが、そういう人が1万人いれば、マイクロソフトやグーグル、アマゾン、シスコなどがつくり出してきたようなものをつくれるはずです。それが今できていないのは、「いんちきな試作」をする場がないからだと思うんです。

──「いんちき」ですか?

「いんちき」というのは、すでにあるその道のプロがとるような安定して同じ結果が出る既存の、正しいやり方ではなく、破綻することがわかっている間違ったやり方でもない、枠から外れた新しい発想や手法のことです。既存のやり方は期待した通りの結果が出るのですが、成長率は0%でそれ以上にはなりません。

例えばグーグルが1998年に検索エンジンを始めた時のサーバーは、メーカーが売っているちゃんとしたサーバーではなく、日本でいう秋葉原のようなところで部品を買ってきて自分たちでつくったものでした。そういう「いんちき遊び」を、大学で彼らははじめにやっていた。

ほかにも歴史を調べると、スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックはアップルを創業する数年前に、違法に無料通話を可能にする電話会社ハッキング装置をつくっています。それを通じて、コンピューターや通信に詳しくなった。アップルの最初のコンピューターも「いんちき」の産物だったわけです。

UNIXやマイクロソフトなど、米国の「すばらしい」と称される技術やICT企業の成り立ちには、似たような逸話がたくさんあります。

日本は、そのような企業が成長した後の「まとも」になった部分を真似して、「同じことができないか」とがんばっているように見えます。でも、本当に必要なのは、成長した後ではなく、彼らが最初にやった「いんちき遊び」をまねすることだと思うんです。

実はシン・テレワークシステムも同じ思想でつくられました。1年くらいずっと「いんちき遊び」でやっているんです。そうすると、みんな楽しいからどんどん事が進みます。