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《Do not say thanks.》はAIの環境/物理的な側面および対人間のコミュニケーションに着目した作品である。  本作ではクリッカーを用い、キーボードから(非人間的に)物理的に「thanks」と送り続け、ChatGPTがその「thanks」に返答する度、一回の返答でChatGPTが消費する(と推定される)分の水をディスプレイに落とす。

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https://youtu.be/COT-QenZucI

テキスト

情報は物質性を孕みAIは喉が渇いている。

多くの科学者やジャーナリストが指摘するように、AIはその学習や利用のために多くの水やエネルギーを必要とし、その具体的な数値は公表されておらずブラックボックスとなっている。ある研究チームは「ChatGPTは、20~50問の簡単な質問に答えるだけで500mLの水を飲む必要がある」とし、またアメリカ以外の場所では数倍の水が必要になる可能性もある、と指摘する。OpenAIのサム・アルトマンCEOはChatGPTに対する「ありがとう」や「お願いします」といった礼儀正しい言葉が数十億円分の電力消費につながっている、と発言した。

端的に言えば、私たちはAIにありがとう、と言わない方が良いのだ。

AIがどのような能力を持っていて、どのように社会システムを変化させるか、ということは盛んに議論されるがその物質的な側面にはあまり注目されない。しかし現実にエネルギーは消費され、水は消え、郊外には大規模で無機質なデータセンターが建設される。人間がベッドタウンに家を建てるみたいに、AIは郊外にデータセンターを生み出す。そしてそこで暮らしている人たちの何倍もの量の水やエネルギーが消費される。だから、ありがとう、とは言ってはいけない。それは水やエネルギーを浪費してしまうから。いくら彼らが人間のようでも、言うべきではない。

ChatGPTに「thanks」と送り続けてみる。そしてその度に、AIが一回の質問に答える際に消費する分の水を落とす。それはここではないどこか、AIが物理的に存在する場所で密かに起こっていること、である。それを現前させる。AIの、AIでない側面について考えている。水を飲むこと、どこか遠い場所で存在すること、ありがとうと言いたくなってしまうこと。無機質なデータセンターと、環境破壊と、あたかも人間のように振る舞うAIは、確かに私たちの社会の中に物理的に存在している。

展示(大阪関西国際芸術祭)

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