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はじめに:地域社会DXの目的は「便利さ」だけか?

地域社会DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉を聞くと、行政手続のオンライン化や業務効率化といった「便利さ」や「スピード」がまず思い浮かぶのではないでしょうか。人口減少や高齢化が進み、担い手不足が深刻化する地域において、デジタルの力を活用して限られた人員で住民サービスを維持していくことは避けて通れません。

しかし、ここで一度立ち止まって考えたいことがあります。 地域社会DXは、単に効率を上げ、便利にすることだけを目的にしてよいのでしょうか。 先日、とあるビブリオトークで宇沢弘文先生の『社会的共通資本』を取り上げ、「境界線」というテーマで、市場の論理(お金で買えるもの)と、私たちの命や心、環境(お金で買えないもの)との間に引かれた境界線についてお話ししました。 この視点を持ち込むことで、私たちが自治体DX事業として取り組んでいる電子地域通貨や地域社会DXが目指すべき本当の価値が見えてきます。

宇沢弘文が提唱した「社会的共通資本」とは

宇沢弘文が提唱した「社会的共通資本」とは、「一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような自然環境や社会的装置」のことです。 これには、大気や森林などの「自然環境」、道路や公共交通などの「社会的インフラ」に加えて、教育や医療、さらには農村や都市のコミュニティといった「制度資本」が含まれます。

宇沢先生は、これら人類が生きるための共通の財産は、決して市場の利益追求(資本主義)の対象にしてはならず、かといって国家が官僚的に統制するものでもないと主張しました。 市場的基準や官僚的基準を持ち込むことなく、それぞれの分野の専門的知見と倫理観に基づき、市民からの信託(フィデューシャリー)を受けて自律的に管理・運営されるべきだと説いたのです。 現代の地域社会において、人々が安心して暮らし、支え合うための「つながり」や「相互依存のネットワーク」もまた、私たちが守るべき大切な社会的共通資本と言えます。

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地域通貨の再定義:消費喚起から「関係のインフラ」へ

この社会的共通資本の視点から「電子地域通貨」を捉え直してみましょう。 地域通貨はしばしば、「消費喚起策」や「プレミアム付き商品券のデジタル版」として、経済的なメリットばかりが強調されがちです。たしかに、法定通貨を地域内で循環させる経済的効果は重要です。 しかし、その本質は「地域の中でお金を循環させる仕組み」であると同時に、「地域の中で関係が回る仕組み」をつくることにあるのではないでしょうか。

地域の商店で買い物をすること、地元の農産物を消費すること、あるいは地域のイベントに参加すること。そうした行動がデジタル上で可視化され、地域の中で評価され、次の行動へとつながっていく。 地域通貨は、単なる決済手段(お金)ではなく、地域社会の柔らかなつながりを支える「関係のインフラ」として機能する可能性を秘めているのです。

利益の最大化を目的とするグローバルな市場経済システムでは、地域固有の文化や助け合いの価値は価格に反映されず、切り捨てられてしまいます。 どこでも使える法定通貨と、地域でしか使えない地域通貨の間に明確な「境界線」を引き、地域という「コモンズ(共有財産)」を守るための防波堤として地域通貨を機能させることが重要です。

コミュニティポイントが可視化する「参加」と「共助」

さらに、電子地域通貨に「コミュニティポイント」的な考え方を重ねることで、その意義は一層深まります。 資本主義経済のもとでは、家族内のケア労働や、地域でのボランティア、見守り活動、防災訓練といった社会を支える不可欠な営みが、市場経済から排除され、無報酬の「影(シャドウ・ワーク)」として扱われてきました。 宇沢先生も、新古典派経済学が効率性や市場価格で測れない価値を外部不経済として切り捨ててきた危うさを厳しく指摘しています。

コミュニティポイントは、こうした市場では価格がつきにくいが地域社会にとって極めて重要な「参加」や「共助」に対して、地域の中で一定の承認や後押しを与える仕組みです。たとえば、健康づくりへの参加、高齢者の見守り、子育て支援などに参加した人にポイントが付与され、それが地域での買い物や別のサービス利用に循環していく。これは単なる「景品づけ」ではありません。

人々が自発的に地域の社会的共通資本の維持・管理に参加するための、現代的な「新しい制度設計」と言えます。デジタルの力を使うことで、かつての村落共同体にあったような顔の見える互恵性を、現代の都市や地域にアップデートして実装することができるのです。

おわりに:これからの地域社会DXが目指すべきもの

もちろん、デジタル化を進める上で注意すべき点もあります。ポイント付与が目的化してしまい、本来の「参加する喜び」や「利他心」が損なわれては本末転倒です。また、スマートフォンを使えない高齢者などを排除する仕組みであってはなりません。便利さを追い求めた結果、地域の中に新たな線引きを作ってしまえば、それは地域社会DXではなく、地域社会の分断です。

だからこそ、地域通貨やコミュニティポイントを設計する際には、「何を便利にするのか」だけでなく、「誰が参加できるのか」「どのような豊かな関係性を地域に築きたいのか」という視点が欠かせません。効率化だけではなく、参加、継続、信頼、共助といった価値をどう支えるかまで考えて初めて、地域社会DXは地域の未来に資するものになります。

宇沢弘文が描いた「一人一人の人間的尊厳を守り、魂の自立を保ち、市民的自由を最大限に確保できるような社会」。それを実現するための手段として、地域通貨やコミュニティポイントを「地域の社会的共通資本を豊かにするためのインフラ」と位置づけ直す。これこそが、私たちが取り組むべき、真の地域社会DXの姿ではないでしょうか。

【参考文献など】 宇沢弘文(2000)「社会的共通資本」岩波書店

デジタル庁(2025)2025年デジタル庁活動報告

内閣府(2024)Well-being “beyond GDP”を巡る_国際的な議論の動向と日本の取組