NotebookLM:概要

IT支援を行うNPO法人SIDE BEACH CITY.の理事である高見知英氏が、自身の活動やITへの向き合い方を語るポッドキャストの記録です。著者は、横浜から岩手県普代村まで広範囲にわたるIT利活用支援の意義を説き、技術へのリスペクトや、誰もが疎外されない社会の必要性を強調しています。また、地方での多忙な活動実態を明かしつつ、情報発信者が抱えがちな孤独についても触れ、視聴者による目に見える応援が活動の支えになると訴えています。地域の垣根を超えて多様なコミュニティを紹介する活動を通じ、プログラミング的思考が当たり前に受け入れられる豊かな社会の実現を目指す姿勢が示されています。

5つの意外な真実:テクノロジーと地域社会から見えてきた、私たちの「思い込み」

私たちは現代の暮らしについて、いくつかの「常識」を当たり前のものとして受け入れています。日本は誰もがテクノロジーを使いこなす先進国であること。地方での暮らしは、都会の喧騒から離れた穏やかで平和なものであること。そして、インターネットで多くの人に囲まれて活動するクリエイターは、たくさんの支援者に恵まれていること。

しかし、これらの思い込みは、本当に真実なのでしょうか?

この記事では、横浜という都市と岩手県の農村部という二つの世界に身を置く中で、IT支援やコンテンツ制作、そして地域活動に深く関わる中で見えてきた、5つの意外な事実を探ります。二つの拠点を行き来するからこそ浮かび上がってきたのは、私たちの常識を揺るがす、より複雑で奥深い現実でした。


1. 日本のデジタル格差は、あなたが思うよりずっと深刻かもしれない

多くの人が「日本はIT先進国だ」と考えていますが、その実態は驚くほど偏っています。2016年の調査データによると、ITを高度に使いこなせる人は全体の約10%に過ぎません。その一方で、「全く使えない」「全く使わない」「ほんの少ししか使えない」人々を合わせると、全体の50%近くに達するという衝撃的な結果が出ています。

これは他の国と比較しても極端な分布です。多くの国では、ITを全く使えない層は20〜30%程度に収まっています。コロナ禍を経てデジタル化が推進されましたが、この根本的な構造はそれほど変わっておらず、むしろ一部ではテクノロジーを使わない生活に回帰している人々もいるように感じます。

この事実が示すのは、一部の専門家だけが高いスキルを持っていても、社会全体の進歩にはつながらないということです。本当に目指すべきは、ITが苦手な層をせめて20〜30%まで減らし、「できる人」と「できない人」が自然に手を取り合えるような環境を作ること。真のデジタル社会とは、誰も置き去りにしないための地道な取り組みの先にあるのです。

この格差はテクノロジーの話だけにとどまりません。私たちの思い込みは、暮らしのあり方にも深く根付いています。例えば、多くの人が憧れる地方での「スローライフ」もその一つです。

2. 「スローライフ」は幻想? 地方での暮らしは、都会より多忙なことがある

都会の喧騒を離れ、地方で穏やかな「スローライフ」を送る。これは多くの人が抱く憧れですが、現実は大きく異なる場合があります。岩手県の普代村での生活経験から見えてきたのは、地方の暮らしが驚くほど速いペースで、多忙を極めることがあるという事実です。

その理由は複数あります。まず、地域社会では参加が期待される行事が数多く存在し、特に普代村のように「地域おこし協力隊」が活発な場所では、イベントの情報がひっきりなしに舞い込んできます。また、買い物や用事のために隣の野田村や久慈市まで足を延ばす必要があり、移動だけで多くの時間が費やされます。結果として、横浜にいた時よりも、自分のプロジェクトに使える個人的な時間はむしろ減少しました。

ここから導き出されたのは、「横浜市の瀬谷区や泉区のような、大都市の郊外のほうが、かえってのんびり過ごせるのではないか」という逆説的な気づきです。この事実は、都市に住む人々が抱く田舎暮らしのイメージに疑問を投げかけ、密なコミュニティが持つ、見えざる社会的負担を浮き彫りにします。

3. 「たくさんの人に囲まれている人」ほど、実は孤独かもしれない

多くのフォロワーやリスナーに囲まれ、活発にコンテンツを発信している人々は、充実した支援を受けているように見えます。しかし、その内側では深い孤独を感じていることが少なくありません。

多くのクリエイターは、他からのエネルギー供給がないまま、自分自身の内なる燃料だけで走り続ける「自家発電して何とかやってる」状態にあります。実際に私のポッドキャストでも、直接会うと「いつも聴いてますよ、面白いですね」と声をかけてくれる方は大勢います。しかし、その声がインターネット上で見える形で届くことはほとんどありません。

周囲の人々は、彼らの活躍を見てこう考えがちです。