- 本章では、反射学(reflexology)を扱う。
- これは今では時代遅れとなった神経科学および行動科学の分野であり、後知恵で見ると、成功したとは考えられていない。
- 反射学とは、複雑な行動パターンが単純な反射反応の連鎖であるとの仮定を中心におく神経生理学と心理学の分野。
- 1830年代に発見された反射弓を中心とする。
- 反射理論は、20世紀の最初の30年間は主流のフレームワークだった。
- 心理学者Franklin Fearingは1930年、反射作用reflex actionの概念は、「物理学におけるニュートン仮説の影響に匹敵する支配的な役割を果たした」と述べた。
- しかし、反射学は、失敗した単純化(simplification-gone-wrong)である。
- 反射理論の中心人物Jacques Loebは「科学の進歩にとって、より単純な要素からより複雑な現象を導き出す方が、その逆より良い」とした。
- 本章では、反射理論は、道具主義的の見地からでさえうまくいかなかったことをみる。
3.1 Atoms of the Nervous System and Elements of Behavior 神経科学の「原子」と行動の要素
- 20世紀初頭のIan PavlovとJacques Loebに着目する。
- Loebは非脊椎動物、Pavlovは犬などを研究対象とした。
- Loebの1900年の著書「Comparative Physiology of the Brain」にて、中枢神経系の生理機能の基本的な構成要素は「反射」だとした。
- 二つの例:ものの接近で目をつぶる反射、光に対して瞳孔を閉じる反射
- Pavlovの「Conditioned Reflexes」講義:
- Pavlovは反射を、「the elemental units in the mechanism of perpetual equilibration」=動物が周囲の環境に適応するメカニズム、だと表現(※equilibrationは「平衡」?)
- Pavlovは、条件反射と無条件反射を区別。前者は生後に作られる、刺激と行動の連合。
- Pavlovは、二つの反射以外の「高次」の心的構造を仮定しなかった。
- Hull and Baernstein (1929)はPavlovを継承し、条件反射が、「精神生活全体の基本的なメカニズムであると信じられている」とした。
- Charles Sherringtonはそこまでは考えなかったが、反射学の立場。
- Sherringtonは「単純な反射」と「複雑な反射」を区別
- Kurt Goldsteinは反射学を「原子論的atomistic」だと批判。
- 単純な反射を神経系や行動の「原子」として扱うということは、ある種の単純化戦略。
- 反射学の二つの想定:
- 1)無脊椎動物にもみられる反射を「原子」として、その組み合わせでより複雑な行動を説明できると想定。犬や猫も、斬首したり、大脳皮質が取り除いた状態で、単純な反射しか起こらないようにした実験が行われた。
- 2)脳が無傷の犬や猫でも、単純な反射神経があるが、条件反射が複雑に折り重なったり、脳からのトップダウンな阻害によって隠されていると想定。つまり、反射は観測可能observableではない。
- Pavlovは犬を実験室に隔離し、統制された条件で実験した。
3.2 The Criticisms of Reflexology 反射学への批判
- 反射学に対する6つの批判を取り上げる:
- DeweyやMerleau- Pontyによるものを含む
- 反射に安定性が欠如しているという経験的事実
- ドイツの神経科学者Goldsteinは、「単純な反射」に関する実験的事実は安定性がないとした。Kurt Goldstein ”The Organism” (1934/1939)
- 膝蓋骨反射のような単純な反応は、身体の姿勢や注意状態によって変化。
- 犬のscratch reflexの受容野は、閾値の感度が日々変わる
- 実験と整合させるために、反射理論に追加された仮定がアドホック
- 還元的な方法論への疑念
- Goldstein: 神経系の科学では、単純で安定した要素やプロセスを見つけることはできない。
- 末梢や脊椎の神経生理学から、脳内の構造へ外挿してよいのか
- Theodore Hough:脳への入力と出力はわかっているが、その中で起こっていることはわからない。
- 外科的に改変された動物に対して行われた生理学的実験や、人工的な実験室条件で形成された行動実験の生態学的妥当性ecological validityの欠如
- パブロフの実験装置の人工性をGoldsteinは批判。
- 「単純な反射 simple reflex」という概念の妥当性
- John Dewey (1896)は、刺激と反応、感覚と運動の明確な区別は、人工的でミスリーディングな抽象化だとした。
- Sherringtonは「単純な反射」は抽象化であり、**「有用なフィクションconvinient fiction」**だとした。
- 対してメルロ・ポンティは、反射は抽象的な概念ではなく、具体的な現象であり、その他の生理現象を説明する手段ではない、と批判。
- こうした批判がどれくらい効力があったかは分からない。反射理論は、計算論にとって代わられていく
- 「やがて反射理論は、計算という新たな神経科学と認知科学の単純化フレームワークが20世紀半ばに登場することにより、影を潜めていった。」. p.77
3.3 Arbitration 論争の評価