齋木: 自分ひとりで取り組んでいると思っているような状態のとき、社内に広めていくにはどういう手が有効でしょうかという質問ですね。これは僕が暮れにアクセシビリティ勉強会を公開してやったことがありまして、その時にも似たような質問を僕がしているんです。やっぱりエンジニアだったり、デザイナーだったり、ひとりがやるだけだと結局すぐに限界は来てしまって、やっぱりみんなだったり、プロジェクトとして対応をきちんとしていかないと大変だよねという感じだったのでお答えいただきたいなと思います。 伊原: 本を出して実感するのは、お陰様でアクセシビリティやらなきゃと思ってくれる方は増えたと思うんです。 特にフロントエンドエンジニアの人とか、また前回のネタにもあったんですがデザイナーの方とかが気にしないとねと思い始めてくれたのはすごくありがたいし、すごく重要だと思います。それはよかったんだけど、最初の壁が自分以外にやってもらうにはどうしたらいいかというのがあって、本当に皆さん悩んでるんですよね。

パターンA

伊原: 短絡的な答えとしては、必要性を伝える言い方がいくつかあるんですけど、1つは「それが仕様に則った正しいやり方だ」っていう言い方をするっていうパターンです。つまり「HTMLは仕様通り書くし、デザインだってセオリーに則ってやるよね。だからウェブサイトをちゃんと使えるようにする基本的なガイドラインというのがアクセシビリティガイドラインなんだよ」と。「だから使える人ができるだけ多くなるように、正しい作り方っていうのがあるので、それに沿って作ったほうがいいんじゃない」と。 つまり制作者としての品質をきちんと高めるというか、そういう基準とか規格とかっていうものをちゃんと知った上で作っていけるようになった方がいいよねっていうアプローチがあります。 それで、そうだよねって思う作り手としての矜持というか、ちゃんといいものを作りたいというか、ちゃんとしたものを作りたいという気持ちって作り手はあると思うんですよね。

特にインターネットが好きな人はアクセシビリティ大事って思う可能性が高いっていうのは経験則的に思っています。インターネットが好きっていうのは、例えば自分でウェブサイトをやってみて、それを読んでくれる人がいたとかね。そうやってインターネットでコミュニケーションができた経験がある人とかです。僕なんかはパソコン通信とかやってて、それで学校じゃない世界を知れたということがあるので、そういうインターネットの可能性みたいなのを感じる人で、且つ作り手の方だと今みたいな話し方だと結構「そうか〜」みたいに、そういうことで自分はネットが好きになったし、そういう仕事とかするようになったので、やっぱりネットを作る側にまわったらそれをやらなきゃいけないよねと思ってくれる人はいます。これがパターンAです。

パターンB

伊原: もう1つは、当事者がどう使っているかを実際に見てもらうっていうやり方です。アクセシビリティを人に伝える活動をしている人は、だいたい全員がスクリーンリーダーを使っている視覚障害者当事者を見たとか、知り合いにいたとか、同僚に弱視の人がいて画面を反転して使ってたとか、そういう原体験があるんですよね。そういう人には自分が作ったものが使えなかったら、自分が作り手としてはちゃんと使えるものを作れてないってことになるから、ちゃんと作れるようになりたいって思うんですよね。なので、そこはやっぱりみんなそうなので、手っ取り早いのはそういう当事者と引き合わせてしまうってことだと思っています。

ただ「そういう人ってあんまりいなくない?」って話はあって、その辺で言うと実はよくウェブアクセシビリティ界隈では名前が挙がる、僕の同僚で全盲のエンジニアの中根さん(@ma10)とか、 アクセシビリティコンサルティングをしているCocktailzの伊敷さん(@cocktailzjp)とかは、そういうデモをしてほしいとか話を聞きたいと言うと、割とフランクにやってくれます。だけれどやっぱりそこが僕はその越えるべき壁かなと思っていて、なんか頼んだら悪いんじゃないかみたいな感じに思ってしまうというか。当事者の人って基本的には知ってほしいんですよね。まず「僕らも普通に買い物とかするし、スマホ持って外出るし、読み上げでやってますと。パソコンとかスマホとかも使いこなして、いろんなことをしてます」ということを知ってほしいと思っているので、そこを「聞いちゃ悪いのかな」とか「面倒かけるしな」とか思わないで声をかけるのが大事だなと思うんですよね。

そういうことを知りたいと思えば、伝えますという人は結構いるので、例えばアクセシビリティ基盤員会とかでも活動している人が気軽に声をかけてくださいと本当に言っているんです。言っているんだけれども気軽に声をかけられないっていうのが、それこそが障害当事者と僕らを阻んでいる壁そのものだと思うんですよね。知ってほしいと言ってる人がいるんだけど、聞きに行っては悪いような気がしているということがあって、なかなかやる人が増えないっていう矛盾を生んでいるんですよね。だからそこは作り手が作り手のままデスクにいるままで作る人でアクセシビリティをやる人を増やしたいというのは僕は難しいと思っています。そこを1歩を踏み出すにはやっぱり足を使う必要があると思っていて、比喩的な意味でですけど。誰かと会うとか、そういう当事者の人と繋がってデモをしてもらうとか。それはオンラインでもいいと思うんですよね、直接会えなくても。当事者の状況を直接見るに勝るインパクトを与える手段はないと思っていて、最強の手段だと思います。

具体的なアプローチ

周りの人でやる人を増やしたいというのは、僕も自分でもそうだったんですけど、やっぱり自分の会社入って最初にやったこととしては、まず自分の本を使って輪読会をしたんですよね。 それはさっき言ったパターンAの方で、正しいやり方というのがあるということ、本当は正しく作りたいんだけど今まで知る機会がなかったっていう人、知る機会がなかったというかそこまで詳しくなかったけど本当は知りたいという人はいるので、そういう人に知ってもらうきっかけを作る。 もう1つは、次に僕がやったのは中根さんにfreeeの製品を触ってもらったときのインタビューをするというのをやったんですよね。 それは例えば僕の前の会社の同僚の太田さん(@bakera)っていう本の共著者なんですけど、彼も弁護士ドットコムってところに入ったときにやったことは基本的には同じような流れで、アクセシビリティとは何かというのを伝えた後にユーザーテストをするという形で実際はこうなんだよと、実際に使えているんだけど、その人にとって自社の製品はこのように使われるようになるんだよということを伝えたということで、だいたいみんな一緒なんですよね。

正しさ、大事さという方向でいくっていうのと、それによって起こることが何なのかっていうことを実際にそれを必要とする人と繋がることによって明らかにするということ。この2つを両方やるっていうのが1番増やせる方法かなと思います。

村上: 質問があるんですけど、先ほど当事者と繋がることが大事って言われたじゃないですか。例えば地方の小さい30人ぐらいの制作会社が、会社を挙げて取り組んでいこうみたいな時は、会社でオンラインか何かで招いたりしたり、近くにいらっしゃる場合はちょっと会ったりとかしてみることができるということですよね。それで繋がろうと思ったらどうしたらいいんですか?

伊原: 僕(@magi1125)に言ってもらうとか。

村上: わかりました(笑)

伊原: 全然紹介できる人はいっぱいいるので。あとはインフォクシアの植木さん(@makoto_ueki)とかですかね。あるいは今日参加されていた四方田さん(@yomochan)とかにもお願いしたりとか。そういう風にお願いできる人、少なくとも僕とは今日、接点があると思うので言ってもらえればそういう方を紹介することはできます。別に会社を挙げてでなくてもいいと思っていて、1人でも2人でも全然いいと思います。そもそもやりたくて、まずやるためには実際のユーザーを見なければいけない、という気持ちになる人が極端に少ないんです。

それは根本的には受託ウェブ制作業界でユーザーテストもあんまりやらないことが多いと思うんですよね。だからそもそもユーザーに当たろうという、実際のユーザーにコンタクトをとるとかしてその状況を見ようという動きが、なかなか起きにくいっていうところが根本的な要因かなと思っているんですよね。頼まれた要件を満たす、クライアント満足のために作っているようになってしまうというか、作り手としてはユーザーのためにと思っているんだけども、そのユーザーっていうのは可視化されていないけれども、そのまま進めざるを得ないっていう構造的な課題っていうのがあると思っていて、そこは少しずつ脱していったほうがいいだろうなと思っているんですよね。

アクセシビリティに関して言うと、是非自分たちがどう使っているか知ってほしいという方がいらっしゃるので、そこはやっぱり出会うべきであるなと思っているんですよね。それで「お願いします」って言って、「今ちょっと忙しいから」と言われたんだったら、それはそれだと思うんですけど、ほとんどの場合言ってすらいない感じなので、例えば場所が奥まった場所だからとか、人数が少ないからとかあんまり気にせずにトライしてみるというのがすごく大事だと思います。

村上: わかりました。1人でも2人でもと言われると非常に方向づけられる感じがしました。

伊原: そこでやっぱり、これは絶対大事だ、やらねばならぬっていう確信を持つっていう人が、逆に言うと今度は登壇してしゃべっていく側になったりしていっているんですよね。サイボウズの小林さん(@sukoyakarizumu)とかは、3, 4年くらい前に同僚に弱視の方がいて、使えないってこういうことなんだっていうのを知って、やらなきゃならないと思ってそれから自分も人の前でしゃべっていったりするようになっていってるっていう形なんで、それが循環していくということが非常に重要かなというふうに思います。

村上: わかりました。ありがとうございます。


輪読会に使われた書籍

デザイニングWebアクセシビリティ - アクセシブルな設計やコンテンツ制作のアプローチ