- 「万物は流転する」(ヘラクレイトス)という考えを、プラトン『クラテュロス』は否定。それと同じくらい近代科学は固定したターゲットを必要とする。
- 数理神経科学は、出来事を反復するものとしてフレーミングする傾向がある。つまり脳を本質的に安定したstableものとしてみなす。これもまた一つの単純化である。
- 本章では、脳はヘラクレイトス的である、つまり厳密には何も繰り返さない(※一回性の現象である)と主張する。
7.1 The Ever- Changing Brain 常に変化する脳
- 表現ドリフト(Representational drift):神経活動が「表象(表現)」する刺激、行動、認知変数が、時間とともに変化する現象。
- これは、Atlantic誌に“Neuroscientists Have Discovered a Phenomenon That They Can’t Explain” (Yong 2021).というタイトルで取り上げられた。
- マウスの嗅覚野、マウスの視覚野(Deitch, Rubin, and Ziv 2021)などで報告
- こうした結果は多くの神経科学者にとって驚くべきことではないが、感覚皮質のニューロンが「固定されたフィルター」であり、受容野が臨界期の後は安定するという考え方を覆すものだ。
- 安定した記憶も、その神経基盤は激しいターンオーバーがあることがわかってきた。
- シナプス結合の樹状突起スパインと軸索ボタンは、数日から数年までのさまざまな時間スケールで生成消滅。その間、記憶は保たれる。
- 記憶の忘却は、何年もかけてゆっくり風化するというよりも、何度も一時的なパターンがコピーされるうちに、だんだんとオリジナルから離れていくとみる方が正しい。(※これは面白い!)
- 長時間の測定ができることで、脳の変化しやすさがわかってきた。
- Peter Godfrey- Smithは生物の細胞の変わりやすさが、進化のプロセスで認知に重要であり、これが、脳とコンピューターの違いだとした。
- とはいえ厳密な科学は固定したターゲットを必要とする。脳を固定したターゲットとみるのは、一見ゼリーを壁に固定するようなものだが、方法はある。そのことを見るのに、運動皮質はよい題材となる。
7.2 Perspectives on the Motor Cortex 運動皮質を捉える観点
- 運動皮質は、電気刺激によってはじめて行動を引き起こせることが示せた部位であり、初めて神経表象や「皮質マップ」として理論化された部位。
- 筋肉の制御に必要な運動信号はフレキシブルでなければならず、感覚とも高度に統合されている必要がある。しかし理論神経科学はこのダイナミズムを抽象化して消す傾向がある。
7.2.1 The Neuron Stability Perspective ニューロン表現が安定しているという見方
- 第一の見方は、個々の運動皮質ニューロンは、特定の身体部分の動きに関するパラメータをエンコードすると考える。
- 個々の筋肉の収縮、筋肉の活性化のシーケンス、腕の動きの速度など。
- この見方では試行間のばらつきはノイズとみなされる。
- 安定した表現という見方には、単一ニューロン版とニューロン集団版がある。
- 後者に関して有名なのが、Georgopoulos et al. (1986) のポピュレーションベクトルモデル。腕などの体部位の動く方向について、各ニューロンには選好方向があり、それらの集団の発火率の重み付き和によって実際に腕が動く方向が決まる、というモデル。
- ポピュレーションベクトルモデルはBCIに応用された。100個のM1ニューロンの活動から、ロボットアームやカーソルを動かすことができた(Velliste et al. 2008)。
- しかし、モデルを使って腕の移動を解読できることは、このモデルの仮定が真であることを意味しない。
- 実際いくつかの過程は間違っているが、BCI実験ではモデルに脳が適応している。
- この見方の核には、集団版であっても、個々のニューロンが運動について何か意味のあることを語っている、という想定。この想定を捨て、集団になって初めて運動に関する意味を持つという見方を、**集団パターン観(Population Pattern Perspective)**と呼ぶことにする。
- この見方のもとでは、単一細胞の活動と運動の相関は随伴的なものに過ぎない。
7.2.2 The Population Pattern Perspective 集団パターン観
- 第5章で見たV1の例と同様に、M1でも大規模記録ができるようになってきたことによって集団パターン説が台頭。
- この見方を支えるのは、100次元を10次元くらいに落とす主成分分析PCAなど
- また、**力学系理論(DST)**が解析に使われた。
- DST(力学系理論)は、ポアンカレの天体の解析に始まり、カオス力学系などへ発展。