なんて冷たい唇なんでしょう!  貴方の薄付きの桜色をした、少女のような唇、けれど、触れ合う途端にいつも思うの、あなた石膏でできた人形みたい、あるいは世にも美しい死人、——この世で一等美しい死体は何か昔語り合った。花と溺死したオフィーリア、十字架から降下するイエス、私はあの時言わなかったけど嗚呼きっとあなただと思うあなたがその息を止めた時にはどんなにか美しいでしょう、恋人の骸を夢見るなんてろくな彼女ではないわね、ええそう、でもわたしがろくな人間だったらあなたわたしに惹かれなかったわ。 「……余所見している」 「うそ。あなたを見てるわ」 「分かっててそう、云うんだものな、君は」  拗ねたような口ぶりも、わたしへのサーヴィスなのでしょう。あなたは意味のない行動なんてとったことがある? ふとした瞬間に、物憂く閉じるその瞼、溢れる吐息、振り向く仕草、何もかもが完璧に演出された一舞台、やめて、違うの、責めてなんかない、わたし以外にその演劇にはきっとだぁれも気がつかなくて、そうと知ってて、見抜くわたしを、あなた選んだ。酷い人ね。 「くちづけをしただけなのに、」と、あなたは云う。「随分遠くまで行ってしまうね」 「遠く?」 「遠く。頭の中の俺じゃあなくて、此処にいる俺を見てよ、ニコール」  煩い。あなただって見ているくせに、——あなたにそう言ってほしいわたしを、——どうして? 目の前に在るものさえわたし、わたしたち、見詰められないのかしら? この距離はなんの距離なのでしょう、ただあなたに触れるだけのことが、どうしてこんなにも難しいの、日に日にあなたを失っていく、知れば知るほど欠けていくよう。

一度、跡形も無くあなたが、闇に溶けてしまったら、再び出会えるかしら? ダーリン。


2016年10月16日にTumblrにて発表。