『原爆三十年』「Ⅰ 戦争と広島 二 県下の戦災─2呉空襲」より

6月22日、B29のべ290機が呉市に来襲し、呉工廠を中心に市内宮原・警固屋地区および安芸郡音戸町に爆撃を加えた。とくに呉工廠にたいする攻撃ははげしく「20分間隔で爆撃」が行われ、30〜50メートル間隔に爆弾が投下されて、投下爆弾の総量は861トンに達した。製鋼部・水雷部などのあった兵器製造地区は壊滅した。製鋼部およびその周辺だけでも336発が投下されている。第二次電気工場は最も被害がひどく生存者1人で工員・学徒・女子挺身隊約150人が直撃で死亡という状況であった。戦後呉復員部の調査した「軍施設被害状況」によると、工廠従業員の死亡者325人、潜水艦イ二〇四号、イ三五二号が沈没している。

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爆弾は呉工廠以外に市内宮原町・安芸郡音戸町早瀬地区に投下された。県警察部の調査では、死者69人、重軽傷者12人、行方不明1人、建物全壊46戸、半壊152戸の被害が出ている。空襲が軍施設を中心におこなわれたことはたしかであるが、被害の全貌についての記録はのこされておらず、呉市の『戦災復興誌』にも記録はされていない。

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