私はしゃべるのが大好きです。結構好きです。ま、だから、日本語の先生やってるんでしょうが、人前で話して聞いてもらうのは、私にとって、非常に楽しいことなんです。中学の時は弁論大会に出て、スピーチをしたことがあります。高校の時は「落語」クラブに入って、毎日おもしろい話の練習をしていました。落語というのはね、400年の歴史がある古い伝統芸能です。落語家さん一人が座ったまま、右を向いたり左を向いたりしながら、何人ものセリフを言うんですよ。声の調子を変えるのが、ちょっと難しいかな。だから、この間見た、文楽の太夫さん、人形の演劇で、人形の代わりに話す人ね、あの方の仕事が、どれぐらい大変かは、よーくわかりましたよ。なぜなら、自分のペースじゃなくて、人形のペースに合わせて話さなければならないからね。難しすぎて、ちょっとマネはできそうもありません。けれども、今週、私はね、もう一つ、とてもおもしろそうな「しゃべる仕事」を見つけました。映画館でしゃべる「弁士」という仕事です。「弁護士」じゃないよ、「弁士」。映画館でしゃべる~?

映画が発明されたのは1895年ですが、ご存じのように、初めのころは、音のない映画しか作れませんでした。チャップリンやロイドの出ていた、サイレント映画の時代ですね。みんな、字幕のあるフィルムと音楽で、映画を楽しんでいました。あのね、そのころ日本では、サイレントのスタイルはそのままで、それにお話を説明する「ナレーター」をつけて、映画を見ていたんですよ。そのナレーターさん、「弁士」さんによる「活動写真」、すなわちサイレント映画を見にいってきました。

「活動写真」はビデオ、「弁士」は「話す人」のことです。これは日本だけで流行したスタイルだったそうですね。私も知りませんでした。弁士は文楽の太夫さんみたいに、フィルムに合わせて、セリフを言ったり、お話の説明をしたりしました。大人気だったそうです。そりゃまあ、人気出るでしょうね。テーマが、昔から今になっただけで、文楽とスタイル、変わりませんからね。ところが、そのうち録音技術が発達するにつれて、音のある「映画」が普通に作られるようになると、弁士の仕事はなくなってしまったんですよね。1900年初めに、8000人いた弁士は、今たったの15人。15人!ガラパゴスのカメさんのようです。

その貴重な弁士さんによる活動写真、いやあ、おもしろかったよ。まず100年以上前の映画が見られることにびっくりしました。有名なフランス映画、1905年の「月世界旅行」でした。かなりシュールで笑えたんですけど、それに弁士の話が入ると、もっとおもしろくなるんですよね。

「え、みなさん、コロナが終わって良かったですね。さあ、月へ旅行に行きましょう」に変わっちゃうんですよ。

時代に合わせて、場所に合わせて、見ている人がすっとお話に入れるように、アレンジするんだそうです。同じ話は2度とない、ということです。もちろん、おじいさんの声や女の人の声、もうほんと、自由に出して、楽しませてくれました。

最後に音楽の話をしましょうか。舞台にはピアノ1台にピアニストが一人。楽譜はありません。なぜなら、音のないフィルムに合わせて、アドリブで弾いてくれるからです。そんなことが簡単にできるんでしょうか!すごい!もちろん、ライブですから、コンサートと同じぐらい、音がよかったです。

コロナの間に小さな映画館が、すいぶんなくなりました。悲しいことです。けれども、個性的な映画館は、生き残ろうとがんばっています。映画館にピアノを置いたら、何ができる?サイレント映画が楽しめますね。弁士がいて、アドリブでピアノが聞けて、まあなんてすてき!もう、これはコンサートじゃないかしら。そう、映画は昔ライブでした。ああ、日本語教師やめて、弁士になりたい。

無題

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