周りの住宅街は夜になると人はまったく通らないし車は通らないしでも街灯は連なっていて何ていうか死ぬ原因がないんですよ。
だから乾いた広い用水路に落ちて、ただ落ちて汚なくなるだけ、でもこんなところで死にたくないし、高いところとかはないし、そんなところで死にたくないし、噂がまわるのは嫌だし、私だけじゃなくて幼なじみの地元でもあるので、そんなことしたら可哀想と思うし、というか死にたくないし……
縁もゆかりもない地で死にたくないが、育った地で死ぬのも嫌だな。 死が遠い街。 お年寄りが多いのでそういうわけではないと思う。大きな病院も二つあるし。
本当に死にたくないのです。 だから明日も内見に行くしようやく病院の予約をとったしもう、爆速で引越しするしかなさそう。
死が浮かぶのは、死ぬという具体を考えているわけじゃなくて、再起動をするとか、osのアップデートとか、あるべきものをあるべき場所に戻すとか、そういう、現実的じゃない、本を元に戻すみたいなそんな作業かもしれない。
わたしは90歳くらいで自分で作った家の植物の深い庭の中でゆりかごに揺られながら死にたいです。 そして訪問看護師の人に見つけられたい。 私が死んだら家解体して更地にしてくださいね。
詳しくは知らないんだけど死ぬのは難しいという事、私が想像する死に別にリアリティはない事、
私は神経が揺らいでるだけですぐ健康になること、本当に死にたくないこと、
私が死んだら一昨年おじいちゃんの葬儀を執り行った近所の家族葬の施設でまた葬儀するんですか?と思うと笑えること 本当に死にたくない
皆さんには健康でいて欲しいこと、
この前携帯変えたけど回線の暗証番号わからないせいでsimの引き継ぎができないから、まだ新しい携帯圏外で、外でhelp!と思っても連絡ができないこと、去年途方もなく辛かった夜に誰にも電話をかけられなかったこと
6月にたいじさんがスプラの大会開いてくれるならゆっくり見たいと思っている
フランクルの教えは健康な時には効くんだけどそうでない時あのモチベでいるのは相当志し高い人間じゃないと厳しいということ