全然死にたいわけじゃない。 死んでしまいたい、みたいに思う時、それは体を傷つけて動かなくしたいとか息が止まりたいみたいな感じじゃなくて、ただ私の戸籍を消して欲しい、みたいな感じが近い。

辻褄が合わないことにたいする混乱、それをそろえて欲しい。

自分があまり何もしてないのにストレスに対する耐性が低くて、普通の場合よりお金がかかることとか、劣悪な環境に居たら簡単に精神が病むこととか、そういうのは申し訳ないし、 私がくだらない人間ならば、くだらない人間らしく酷い環境でただ何も言わないで生きていればいいのに(これは世界に対する認知というか偏見かもしれない)、実際そうなると普通に狂いそうになる。

何もしてないのにコストがかかること、すごく申し訳ないので、すみません消してくれませんか?みたいな。 何だか必死に浮かせても浮いてるだけなのにその器具を外したら溺れ死んでいく、そういうものに自分が思える。

あんまり希死念慮ではない気がするんだけど、多分自己愛があまりに強いので、『死にたい』(かのような気持ち)に、『何で俺が死ななあかんねん』という気持ちがしっかり沸いてくるので、ずっとそういうのが反発している感じ。 でも環境の変化に適応できる分には限りがあり、そういうのはギリギリになりかける。

私のスペースが無いならば、私のスペースをちゃんと消してくれないか。そういう気持ち。

また実家(実家?)の周りを散歩して、夜の誰も出歩かない住宅街を歩いて、そう、申し訳ない、合ってない、くだらない、すみませんね、うわ〜(泣) と思って歩いて、

生きていたいです本当に。 ただ普通に自分の家が素敵だと思えて、会いたい人がいて、昨日まで大丈夫だったことが今日大丈夫じゃ無くなるみたいなそういう連続性がない事が起こらないで欲しくて、混乱したくない。

至る住居に適応できない。都市にたいする試し行動?←(笑)

2024年の自分はかなり落ち着いていてよかったと思うので、ああいう感じに戻りたい。 やっと落ち着けて嬉しいと思っていた。