「プレス・コード」の実践

1945(昭和20)年9月19日

GHQにより10項目にわたる新聞規制を発出→22日には放送規制が加わる

原子爆弾による被害の市外への情報伝達が難しくなる

1948(昭和23)年11月30日

大田洋子『屍の街』出版・内容の大幅な削除→後年再刊により原文復活

「ノーモア・ヒロシマズ」運動と“原爆タブー”からの解放

1949(昭和24)年

イギリスなどで「ノーモア・ヒロシマズ運動」起こる

同時に国際的な平和擁護運動により「原爆禁止」の声が起こり、

日本における“原爆タブー”の意識が取り払われていく

→これ以降の平和宣言や各決議、訴え等は「原爆被害」に言及するようになる

出典

『広島新史 歴史編』「第Ⅰ章軍都崩壊 第3節 占領軍と軍政」

『原爆体験と戦後日本 記憶の形成と継承』岩波書店

中国新聞社特集「ヒロシマドキュメント 被爆80年」