ある朝の、30分の対話。画面の向こうとこちら。どちらも、手を使う人間だった。
Aは前の夜、羊を作っていた。
ダイソーの軽量紙粘土。百円。指でこねると、思ったより素直に形になった。絵を描くときとは違う感触があった。絵はどこかで「描いている自分」を見ている。でも粘土は、見ている暇がない。ただ触っている。それだけだった。
朝、机の上のマスキングテープの上にたまたま置いたら、羊が立った。
A おはようございます。
B おはようございます。よろしくお願いします。
A はい。あの、今日はですね、ちょっと面白いことがあって。紙粘土、100均のダイソーのやつを買ってきて、作ったんですよ。なんか立体って絵と違う感じがあって。こねてると、何も考えずにひたすらこねる、っていう感覚があるんですよね。で、世田谷美術館に行ったとき、舟越桂の彫刻を初めて近くで見て。上半身だけの、木の。存在感がすごくて、立体もやってみようかなと。
B マティスもやってましたよね、彫刻。
A そうですね。ピカソとか。やっぱりなんか行き来するんでしょうね、絵と立体。
B でしょうね。
A で、マスキングテープの上にたまたま置いたら立っちゃって。
B 重さは軽いはずなのに。
A あ、足の裏がちゃんと平面なんですね。
軽いから立ったのではなかった。立つように、足の裏が作られていたのだ。そういうことか、と言葉にしてみてAは気づいた。
A なんかその体感の話で思ったんですけど、サラリーマンと、自分で独立してる人って、体の感覚が全然違うんだろうなって。頭じゃなくて、体の。安心感みたいな。