『原爆三十年』「Ⅰ 戦争と広島 二 県下の戦災─2呉空襲」より

呉の空襲による被害状況

戦後、発表された資料によると呉軍港内にいた「戦艦日向・伊勢・空母龍鳳は空爆で軍艦としての機能を喪失し、重油不足と重なって以降呉軍港周辺の島影に放置され」(『終戦と帝国艦艇』)て損害も多大であったといわれる。呉復員部の資料では、空襲による死亡工員は、呉工廠40人、第十一空廠・広工廠で21人、海軍病院に収容された艦船乗組員の重傷者約150人である。

一般市民の被害は、県警察部調査では、死者29人、重傷者27人、軽傷者136人、行方不明1人、建物全壊27戸、半壊56戸、全焼15戸、半焼9戸、一部焼失3戸、山林火災2件、被災者347人で軍事施設を主目的とした爆撃にもかかわらず被害はかなりの数にたっしている。

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『呉本に』より

1回目の3月19日は、グラマンF6F約350機による爆弾投下、機銃掃射攻撃により、午前7時20分頃より11時5分にかけて、呉港停泊の軍艦、呉工廠、広第11航空廠、江田島兵学校、呉海軍航空隊、安浦海軍工廠分工場などが空襲され、 投下爆弾139発、焼夷弾等104発、死者29人、重傷者27人、軽傷136人、建物全壊27戸、半壊等12戸、山林26ヶ所、罹災者347人 呉工廠で工員40人、広工廠で21人の戦死を出した

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