岡島昭浩
言語学な人々Advent Calendar 2025の記事です。12/12
https://adventar.org/calendars/11560
漢字音の一つに「唐音」というものがあります。
「呉音」「漢音」「唐音」を漢字の三音と呼ぶことは、漢和辞典などでもありますが、本居宣長の「漢字三音考」が有名でしょう。宣長の「漢字三音考」は、文雄(もんのう)の『三音正譌』(文雄は「呉音・漢音・華音」を三音としています)によるところが大きいともいいます。
しかし、文雄が初めてこの三音を取り上げたわけではなく、例えば『ロドリゲス大文典』にも見えます(『ロドリゲス大文典』はポルトガル人宣教師ロドリゲスによって書かれた、日本語の文法を中心とした、日本語百科でもあるような本です)。
注意すべきは各文字が三通りの'こゑ', 即ち同一の意味を示す違った呼び名を持って居り, 又は, 持ち得るといふ事である。[…]その'こゑ'の呼び名は即ち'呉音'(Gouon), '漢音'(Canuon), '唐音'(Tǒin)といふ。その最後のものが今日支那に行はれてゐるものである。例へば, 行く意のAriqu(ありく)は'よみ'であり, その'こゑ'はGuiǒ(ギャウ), Cǒ(カウ), An(アン)であって, この順序にそれぞれ上掲の三種の’こゑ'に相当する。 (ロドリゲス大文典 土井忠生訳235頁)
「行」の、呉音がギャウ、漢音がカウ、唐音がアンで、これは、現在の漢和辞典などでの説明と、重なるものですね。
ただ、ロドリゲスは、当時、中国において使われているのが「唐音」であると言っていて、これは文雄も宣長も同じなのです。
現在、「唐音」は、鎌倉時代あたりから江戸時代あたりまでに伝えられた漢字音だと説明されるのが普通ですが、漢字音研究の際には、唐音を、少なくとも二つに分けて考えます。中世(的)唐音と近世(的)唐音です。この二つはだいぶ様相が違うのです。そして、これらのことをそれぞれ「唐音」「宋音」と呼ぶこともあるのですが、ややこしいことに、前者を唐音、後者を宋音と呼ぶ人がいるかと思うと、前者を宋音、後者を唐音と呼ぶ人もいるので、その言い方はしない方がよいでしょう。
呉音・漢音が、「呉」「漢」という王朝名と関係がないように、唐音・宋音も関係ありません。「唐」は、「漢音」の「漢」と同様に、「中国」の意味です。(「宋音」の言い方だけは、王朝名を意識したもののようですが、「新しい時代の」というようなことでしょう)
(近世唐音を更に分けて考えることも出来ますが、ここでは置いておきましょう。)
さて、中世唐音と近世唐音の大きな違いは、頭子音でみれば、破擦音の写され方と、中国音韻学で言うところの喉音の写され方、韻でみれば喉内韻尾(ng)に由来するものの写され方でしょう。
中世唐音では、破擦音由来の音がサ行で写されますが(「知客(シカ)」「竹篦(シッペイ)」のシ、「茶」のサなど)、近世唐音では、これがチャやツァで写されます(「茶」は近世唐音でチャで写されますが、現行の字音チャは近世唐音に由来するものではなく、中世唐音以前の、中国においてこれが破擦音化する以前の破裂音だったころのものを写したものと考えられます)。
喉音(現在の拼音で、hやxで写されるもので、みなhに遡る)は、中世唐音では呉音・漢音と同様にカ行音ですが(「火」のコなど)、近世唐音ではハ行音となります(「火」はホヲなどで写されます)。
漢音・呉音ではウ・イで写される喉内韻尾(ng)は、中世唐音ではウとンが混ざりますが、近世唐音ではンのみで写されます。中世唐音では「杏」「行」はアンと読まれますが、「唐」「浪」などはタウ・ラウで、これは、中国での音の違いに対応していると考えられています(遠藤光暁「アンズとドンス」参照)。これが、近世唐音では、喉内韻尾もすべてンで写されるようになりました。