1. 序論:デジタル資産トレジャリー企業とは何か?

2020年代に入り、デジタル資産は個人投資家を超えて、機関の財務戦略にも本格的に組み込まれるようになった。代表例として、ストラテジー(Strategy、旧MicroStrategy)は2020年以降、企業の余剰現金をビットコインに変換し、追加の資金調達を通じて大規模な購入に乗り出し、一種の「ビットコイン保有企業」として再定義された。

その後を追う形で、メタプラネット(Metaplanet)をはじめとするさまざまな後発企業が、それぞれ異なる方法で資金を調達している。さらに、ディファイ・ディベロップメント(DeFi Development Corp.)のように、単なる保有を超えてデジタル資産を主要資産かつ収益創出手段として活用する新たな企業形態も登場している。本レポートでは、これらをデジタル資産トレジャリー企業(Digital Asset Treasury Company、以下DAT企業)と定義する。

DAT企業とは、デジタル資産を中心に貸借対照表を構成し、これを基に資金調達、収益創出、市場内でのポジショニングを行う上場企業を指す。従来の金融機関や運用会社とは異なり、DAT企業はデジタル資産を直接保有し、「デジタル資産こそが戦略である」という前提を掲げる。

本レポートは、ストラテジーやメタプラネットなどのグローバルなDAT事例を基に、以下の戦略的質問に対する解釈と提言を目的とする:

  1. NAVプレミアムが形成される構造的要因は何か?
  2. DAT企業に内在するリスクの種類とその意義は何か?
  3. プレミアムを内在化するために必要なDATのビジネスモデルは何か?
  4. DATモデルの持続可能性のための政策的課題は何か?

2. ストラテジー社のモデルの理解:NAVプレミアムの構造

2.1. ストラテジー:DATの原型

ストラテジー(NASDAQ: MSTR)は、もともと企業向けソフトウェアを開発していた上場企業であったが、2020年8月以降、戦略的資産配分の一環としてビットコインを大規模に購入し始め、単なるソフトウェア企業からDAT企業の原型へと進化した。2025年7月10日時点で、ストラテジーは約60万個のビットコインを保有しており、時価総額は約1,110億ドルで、保有ビットコインの純資産価値(Net Asset Value、以下NAV)を68%上回るプレミアムが反映された状態である。

ストラテジーの戦略は、単なるビットコイン投資に留まらない。資産保有 → NAVプレミアム形成 → 高評価株式発行 → 追加ビットコイン購入 → 資産増加 → プレミアム維持という自己増殖構造を通じて企業価値を最大化する一種の金融工学的アプローチと言える。この構造は、ビットコイン価格の上昇だけでなく、資本市場で形成されたプレミアムを積極的に活用して資産を拡大するという点で独創的なモデルである。

2.2. NAVプレミアムのエンジン:流動性と変動性

ストラテジー株式のNAVに対するプレミアムを形成・維持する要因には、主に2つの核心的要素が作用している。それは、流動性に基づくアクセシビリティプレミアムと、変動性に基づくトレーディングプレミアムである。

  1. アクセシビリティプレミアム:「株式のように買うビットコイン」

ストラテジーはナスダックに上場する米国大手テクノロジー企業であり、一般投資家はもちろん機関投資家も容易にアクセスできる上場株式である。この特性は、デジタル資産、特にビットコインに直接投資することが難しい投資家に対して以下の効用を提供する。